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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)8668号 判決 1987年11月12日

原告

竹谷正雄

被告

西井運送株式会社

主文

1  被告は原告に対し、金四一九万七五七一円及び内金一八二万七〇〇〇円に対する昭和五九年一二月二七日から内金二三七万〇五七一円に対する昭和六〇年八月二二日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

4  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金七九八万四六六六円及び内金一八二万七〇〇〇円に対する昭和五九年一二月二七日から、内金六一五万七六六六円に対する昭和六〇年八月二二日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

訴外茶本旭は、昭和五九年一二月二七日午後五時四〇分ころ、普通貨物自動車(泉八八う〇六〇二号)を運転して大阪市東住吉区杭全二丁目一一番一号先路上を西から東に向かつて進行していたところ、進路前方の交差点の手前で信号待ちのために一時停止をしていた原告運転の普通乗用自動車(泉五七ま五八四四号)の後部に自車の前部を追突させて原告運転車両を前方に押し出し、その前方に停止していた訴外上田和照運転の普通貨物自動車(なにわ四〇り五五一八号)の後部に原告運転車両の前部を衝突させ、これにより原告に外傷性頸部症候群、右肘挫傷の傷害を負わせた(以下「本件事故」という。)。

2  責任

被告は、本件事故当時前記茶本運転車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告が本件事故によつて被つた後記損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 原告の治療経過及び後遺障害

原告は、本件事故による受傷のため、昭和五九年一二月二七日から昭和六〇年一月一四日まで(一九日間)生野優生病院に、右同日から同年四月二八日まで(一〇五日間)新大阪病院に入院し、同年同月二九日から同年八月二二日まで(実日数八九日)同病院に通院して治療を受けたが、結局完治せず、右同日、後頸部から両肩にかけての疼痛、水平及び後方への両肩関節挙上制限、静かなときの耳鳴、眼精疲労からの頭痛、朝の手指のしびれがあり、頸部の緊張のため急に後方に向けない等といつた自覚症状があり、両後頸部から両肩への著しい筋緊張及び圧痛があり、スパーリング圧迫テスト陽性、握力低下(右三〇キログラム、左二八キログラム)、両上肢腱反射低下といつた他覚的所見を伴つた頸髄不全損傷を残存させたまま、その症状が固定するに至つた。原告の右後遺障害は、自動車損害賠償法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)第一二級一二号(「局部に頑固な神経症状を残すもの」)に該当する。なお、原告は、右症状固定後も新大阪病院に昭和六〇年一一月五日から昭和六一年六月九日まで(実日数五一日)、大阪警察病院に同年五月一六日から同年七月二二日まで(実日数二七日)通院して診療を受けた。

(二) 治療費 金三五一万一〇八〇円

原告は、前記症状固定日までの生野優生病院、新大阪病院における治療費として金三四九万二二六〇円の債務を負担し、大阪警察病院における治療費として金一万八八二〇円を支払つた。右大阪警察病院における治療費は、症状固定後の治療費ではあるが、原告の被つた後遺障害につき被告が等級表第一四級一〇号を固執したので、原告は、自己の後遺障害が等級表第一二級一二号に該当することを立証する必要があることから右病院において診療を受けたものであるから、本件事故と相当因果関係に立つ治療費というべきである。

(三) 入院雑費 金一三万五三〇〇円

原告は、前記生野優生病院及び新大阪病院における一二三日の入院期間中、一日当たり金一一〇〇円、合計一三万五三〇〇円の雑費を支出した。

(四) 付添看護費 金七万八六六〇円

原告の前記生野優生病院における一九日間の入院期間中、原告は、付添看護を必要とし、原告の妻竹谷千鶴子が原告の付添看護に当たつたが、そのため一日当たり金三五〇〇円、計六万六五〇〇円の費用を要し、右千鶴子の交通費として、一回当たり金六四〇円、計一万二一六〇円の費用を要した。

(五) 通院交通費 金一〇万九〇四〇円

原告は、新大阪病院への前記一四〇日の通院に一日当たり金六四〇円、計八万九六〇〇円の、大阪警察病院への前記二七日の通院に一回当たり金七二〇円の各交通費を支出した。

(六) 休業損害 金三五九万九五七九円

原告は、本件事故当時五五歳の健康な男子で、株式会社森上工務店に大工として勤務し、昭和五九年九月は金四八万一五〇〇円、同年一〇月は金五一万円、同年一一月は金五四万四〇〇〇円の給与を得ていたが、これから経費を控除すると、一日当たりの実収入額は金一万五〇六一円を下らなかつた。ところで、原告は、本件事故による前記受傷のため、昭和五九年一二月二七日から症状固定日である昭和六〇年八月二二日までの二三九日間休業せざるを得ず、一日当たり金一万五〇六一円、合計三五九万九五七九円の得べかりし利益を失つた。

(七) 逸失利益 金四六八万五八四六円

原告の本件事故当時の実収入額は前記のとおりであるところ、原告は、本件事故による前記後遺障害により、昭和六〇年八月二二日から同年一二月三一日までの一三一日間全く就労できず、その後の四年間、その労働能力の一四パーセントが失われた。そこで、右の間の本件事故がなければ原告が得られたであろう利益を算出すると、以下の計算式のとおり、その額は金四六八万五八四六円となる。

(15,061×131)+(15,061×365×0.14×3.564)=4,685,846

(八) 慰謝料 金三〇五万七〇〇〇円

原告が本件事故により被つた精神的、肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、入通院の期間に応じて算出した金一一七万七〇〇〇円と、後遺障害の程度に応じて算出した金一八八万円の合計額である金三〇五万七〇〇〇円が相当である。

(九) 弁護士費用 金六五万円

原告は、本訴の提起及び追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として金六五万円の支払を約した。

4  結論

よつて、原告は被告に対し、前項記載の合計額一五八二万六五〇五円のうち金七九八万四六六六円の損害賠償金及び内金一八二万七〇〇〇円に対する不法行為の日である昭和五九年一二月二七日から、内金六一五万七六六六円に対する症状固定の日である昭和六〇年八月二二日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実中、原告の生野優生病院における一九日間の入院期間中、原告の妻竹谷千鶴子が原告の付添看護に当たつたこと、原告の症状固定日までの新大阪病院への八九日の通院に一回当たり金六四〇円、合計五万六九六〇円の交通費を支出したことは認めるが、その余の事実はすべて争う。原告の治療費中、新大阪病院における一〇五日間の入院中原告は個室を利用し、一日当たり金六四〇〇円、合計六七万二〇〇〇円の債務を負担したが、原告の症状は、医学上個室を利用する必要のないもので、原告の希望と病院の事情によるものであるから、相当性を欠くものであり、症状固定後の治療費も本件事故と相当因果関係に立つ損害とはいえない。また、症状固定後の通院交通費も相当性に欠ける。そして、原告は、受傷後一二三日間も入院しているが、原告は、昭和六〇年二月二三日以降しばしば外泊し、主治医も同月二二日には退院を勧告しているのであるから、同月二三日以降は入院の必要性がなく、同日以降の入院費用七三万三七六八円は相当性を欠くものである。また、原告の後遺障害は、他覚的所見に乏しく、せいぜい等級表第一四級一〇号に該当するにすぎないものである。

三  抗弁

1  既存障害の存在

原告には、本件事故前から生来的又は経年性の第六、第七頸椎間狭少及び骨棘形成があり、これが寄与して原告の損害が拡大したものであるから、過失相殺の法理を類推し、右寄与度に応じて原告の全損害から三割の減額がなされるべきである。

2  損害の填補

原告は、茶本運転車両の自賠責保険から金七五万円、被告から本件損害賠償として金七〇九万一八三九円の支払を受けた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実中、原告が茶本運転車両の自賠責保険から金七五万円、被告から本件損害賠償として金三五九万九五七九円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。

第三証拠

本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  事故の発生及び責任

請求の原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。したがつて、被告は、自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告が本件事故によつて被つた後記損害を賠償する責任があるものである。

二  損害

1  原告の治療経過及び後遺障害等

成立に争いのない甲第六号証の一、第一四、第一五号証、第一六号証の一ないし四、第一七ないし第二一号証、第二二号証の一ないし二九、第二五ないし第三四号証、乙第二ないし第六号証の各一、二、第七号証の一ないし三、証人八木弘の証言によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1)  原告は、本件事故による受傷のため、昭和五九年一二月二七日から昭和六〇年一月一四日まで(一九日間)生野優生病院に、右同日から同年四月二八日まで(一〇五日間)新大阪病院に入院し、同年同月二九日から同年八月二二日まで(実日数八九日)及び同年一一月五日から昭和六一年六月九日まで(実日数五一日)同病院に、同年五月一六日から同年七月二二日まで(実日数二七日)大阪警察病院に通院して治療を受けた。

(2)  原告は、生野優生病院における入院中、頭部・頸部痛・耳鳴、倦怠感、眩暈を訴え続け、受傷後一七日目の昭和六〇年一月一二日には左眼のかすみを、同月一三日には嘔気を訴えるようになつた。そして、新大阪病院に転医した当初、原告は、頭部・頸部痛、耳鳴、眩暈を訴え、右訴えは次第に軽減していつたが、同年同月二五日ころには左眼の眼精疲労を訴えるようになり、同年二月一八日眼精疲労は回復したものの、同月二〇日ころからは両肩から上腕にかけての疼痛、重圧感、殊に挙上時の両肩痛を訴えるようになり、この訴えは、その後あまり軽減することはなかつた。これら原告の訴える各症状のうち、昭和六〇年八月二二日まで残存していたものは、後頸部から両肩にかけての疼痛、水平及び後方への両肩関節挙上制限などというものであつた。

(3)  原告の生野優生病院及び新大阪病院における主治医の診断は、いずれも右肘挫傷及び外傷性頸部症候群であり、原告は、昭和六〇年八月二二日、右新大阪病院の主治医により同日をもつてその症状が固定したものであるとの診断を受けた。

(4)  原告は、昭和六〇年八月二二日までの右各病院における診察において、レントゲン検査により第六、第七頸椎の狭少化(それが加齢現象によるのか、事故によるものであるかは判然としない。)及び加齢による骨棘形成が見られるほかは異常がなく、CTスキヤン上も異常が見られなかつた。しかし、スパーリングテスト(第四、第五頸椎付近)、伸展テストはいずれも陽性で、頸部から両肩にかけての圧痛を伴う筋緊張、握力の低下(入院当初は、右一六キログラム、左一二キログラムであつたが、昭和六〇年一月二五日には右一五キログラム、左一七キログラム、同年二月二一日には右一五キログラム、左二〇キログラム、同年三月一日には右二二グラム、左二〇グラム、同月二二日には右二七キログラム、左二三キログラムと次第に回復し、同年八月二二日には右三〇キログラム、左二八キログラムであつた。)、腱反射低下、肩関節運動制限(昭和六〇年八月二二日現在、前上方挙上が他動によるもので左右とも一七〇度、自動によるもので左右とも一六〇度、後方挙上が自動・他動とも左右いずれも四五度、側上方挙上が他動によるもので左右とも九〇度、自動によるもので左が七五度、右が八〇度であつた。)といつた所見が認められた。

(5)  原告は、右のように症状固定の診断を受けたのちも前記のように病院に通院して診療を受けたが、右症状固定の診断を受けたのち約一〇か月経過した昭和六一年六月九日の新大阪病院における主治医の診断によつても、原告の症状は右症状固定の診断をした当時とほとんど変化はなかつた。そして、右主治医は、昭和六〇年一月一四日から昭和六一年六月九日までの約一年五か月にわたる診療の結果に基づいて、原告に残存した後遺障害は、頸髄不全損傷によるもので、等級表第一二級一二号(「局部に頑固な神経症状を残すもの」)に該当するものであるとの判断を示している。

(6)  原告は、前記のとおり、昭和六〇年四月二八日まで病院に入院して治療を受けたが、右のように入院が長期化したのは、前記のように原告の症状に変化が見られたからであり、新大阪病院においては個室を利用していたが、それは、同病院において大部屋が塞つていて空きがなく、また原告の経過観察の必要があるからであつた。

(7)  前記新大阪病院における主治医は原告に対し、昭和六〇年二月二二日には退院準備のための外泊を勧告し、同年四月一日には原告が社会復帰できるものと判断して退院を命じたが、原告はそのまま入院を継続した。一方原告は、同年二月二三日以降外出外泊をするようになり、同年三月以降は週に二日程度、同年四月以降は週に三日程度外出外泊をするようになつた。

右認定の事実によれば、原告の本件事故による傷害は、昭和六〇年八月二二日、右(2)及び(4)で認定したような自覚及び他覚症状を残存させてその症状が固定したものであり、右の後遺障害は、等級表第一二級一二号(「局部に頑固な神経症状を残すもの」)に該当するものであつて、入院の必要性があるのは、主治医が社会復帰できるものと判断して退院を命じ、原告が頻繁に外出外泊を繰り返すようになる直前の昭和六〇年三月三一日までと認めるのが相当である。

被告は、原告が同年二月二二日には主治医の退院勧告を受け、同月二三日以降しばしば外泊するようになつたことから直ちに同日以降入院の必要性がなくなつたと主張するが、同月二二日の主治医の勧告は、前認定のとおり退院準備のための外泊、換言すれば、徐々に社会復帰に着手するようにとの勧告であり、同月二三日以降の外出外泊もこれに原告が応じたものにすぎないものであるから、同日以降退院の必要性がなくなつたとみるのは早計というべきである。また、被告は、原告が新大阪病院への入院中個室を利用したのは、原告の希望と病院の事情によるものであるから相当性を欠くと主張するが、個室の利用が原告の希望によるものであることを認めるに足る証拠はなく、原告が個室を利用したのは、前記(6)において認定したような事情によるものであり、入院の必要性が認められる限り、大部屋が塞がつている場合に空いている個室を利用することを不当視すべき理由は全くないというべきである。

2  治療費

前掲乙第二ないし第六号証の各二、第七号証の二、三によれば、原告は、前記症状固定日までの生野優生病院、新大阪病院における治療費として金三四九万二二六〇円の債務を負担したことが認められるところ、原告に入院の必要性が認められるのは、前記のとおり昭和六〇年三月三一日までで、前掲乙第六号証の二によれば、原告は、それ以降の同年四月一日から同月二八日までの新大阪病院に対する入院料として金四八万五〇六〇円の債務を負担していることが認められるので、右額を前記治療費から控除した金三〇〇万七二〇〇円が本件事故と相当因果関係に立つ治療費の額というべきである。なお、原告は、症状固定後の大阪警察病院に対する治療費につき、右は原告の後遺障害が等級表第一二級一二号に該当することを立証する必要があつて診療を受けたことによるものであるから、本件事故と相当因果関係に立つ治療費というべきであると主張し、前掲甲第二二号証の一ないし二九によれば、原告は、右の治療費として金一万八八二〇円を支払つたことが認められる。しかし、症状固定後の治療費が事故と相当因果関係のある治療費といえるためには、一定の症状の発症を押さえるためなお治療を継続する必要がある場合とか、将来一定の時期にならなければ治療を加えることができない場合のように特段の事情のあることを要するものと解すべきところ、原告の主張する右の事情が、右特段の事情に当たるものと解することはできず、また、本件全証拠によるも、右の治療費が原告の後遺障害が等級表第一二級一二号に該当することを立証するために必要不可欠のものであつたとも認められないので、右の治療費は、本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることはできないものである。

3  入院雑費

原告の前記生野優生病院及び新大阪病院における一二三日の入院期間中、入院の必要性が認められるのは、昭和六〇年三月三一日までの九五日間であることは前記のとおりであるところ、経験則に照らせば、原告は右の間一日当たり金一一〇〇円、合計一〇万四五〇〇円の雑費を要したものと認められる。

4  付添看護費

前掲甲第一四号証によれば、原告は、前記生野優生病院における一九日間の入院期間中付添看護を必要としたことが認められ、原告の妻竹谷千鶴子が右の間原告の付添看護に当たつたことは当事者間に争いがないところ、経験則に照らせば、原告は、右の付添看護費用として、一日当たり金三五〇〇円、合計六万六五〇〇円を要したことが認められる。なお、原告は、右の付添看護費のほかに付添人の交通費をも請求するが、付添人の交通費は、右付添看護費に含まれるものであつて、これを重複して請求することはできないものである。

5  通院交通費

原告が昭和六〇年四月二九日から症状固定日である同年八月二二日まで(実日数八九日)通院して治療を受けたことは前記のとおりであり、前掲甲第二九号証によれば、原告は、同年五月中二二日通院して治療を受けていることが認められるので、前記入院の必要性が認められなかつた同年四月一日から同月二八日までの間も、入院しなかつたとすれば、少なくとも右と同程度である一九日は通院して治療を受けたものと推認するのが相当である。そして、原告が右の一〇八日の通院につき、少なくとも一日当たり金六四〇円の交通費を要したことは当事者間に争いがないので、原告は、合計六万九一二〇円の交通費を要したことになる。なお、原告は、症状固定ののちの通院交通費をも求めるが、症状固定後の治療のために要した通院交通費も本件事故と相当因果関係に立つ損害とみることができないことは2において述べたのと同様であるから、右の請求は失当というべきである。

6  休業損害

成立に争いのない甲第四号証、弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したものと認められる同第一三号証によれば、原告は、本件事故当時五五歳の健康な男子で、株式会社森上工務店に大工として勤務し、昭和五九年九月は金四八万一五〇〇円、同年一〇月は金五一万円、同年一一月は金五四万四〇〇〇円の給与を得ていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないので、これから経験則上相当と認められる一割五分の割合による経費を控除して本件事故当時における原告の実収入額を求めると、その額は、原告主張のとおり、一日当たり金一万五〇六一円を下回るものではないと認められる。そして、前記認定の原告の症状及び職業に照らせば、原告は、本件事故による受傷のため、前記のように入院の必要性が認められる昭和五九年一二月二七日から昭和六〇年三月三一日までの九五日間は一〇〇パーセント、同年四月一日から同年八月二二日までの一四四日間は七〇パーセントその労働能力に制限を受けたものと認めるのが相当である。そこで、本件事故がなかつたならば症状固定までに原告が得られたであろう利益の額を算出すると、次の計算式のとおり、金二九四万八九四四円となる。

15,061×(95+144×0.7)=2,948,944

7  逸失利益

原告の前記後遺障害、職業、年齢に照らせば、原告の後遺障害による労働能力喪失率は一四パーセント、労働能力喪失期間は前記症状固定ののち四年間と認めるのが相当である。そして、本件事故当時の原告の収入は前記のとおりであるから、右の間に原告が失うことになる収入総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利益を控除して原告の後遺障害による逸失利益の症状固定時における現価を求めると、次の計算式のとおり、金二七四万三一四六円となる。

15,061×365×0.14×3.5643=2,743,146

8  慰謝料

原告が本件事故により被つた傷害及び後遺障害の内容・程度その他本件において認められる諸般の事情を総合考慮すれば、原告が本件事故によつて被つた精神的・肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、金二七〇万円と認めるのが相当である。

9  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、本訴の提起及び追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として相当額の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等諸般の事情に照らせば、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用としては金四〇万円が相当と認められる。

三  既存障害の寄与による損害額の減額の可否

被告は、原告には本件事故前から生来的又は経年性の第六、第七頸椎間狭少及び骨棘形成があり、これが寄与して原告の損害が拡大したものであるから、その寄与度に応じた損害額の減額がなされるべきであると主張し、原告にその主張のような変形が存在したことは、前記二1(4)において認定したとおりである。そして、右の頸椎の狭少化は、前記認定のとおり、加齢現象によるのか、本件事故によるのか明らかでなく、本件全証拠によるも、これが原告の症状の発生又は増強に寄与したものとまでは認められず、また、右の骨棘形成は、前記のとおり加齢現象によるものであるが、本件全証拠によるも、それが年齢相応のものを超える程度のものであるとか、これが原告の症状の発生又は増強に寄与したものとまでは認められないから、被告の右主張はその立証がないことに帰する。

四  損害の填補

原告が茶本運転車両の自賠責保険から金七五万円、被告から本件損害賠償として金三五九万九五七九円の支払を受けたことは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨及び前掲乙第二ないし第六号証の各二、第七号証の二、三によれば、原告は、右とは別に本件損害賠償として被告から金三四九万二二六〇円の支払を受けたことが認められる。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、二の2ないし8の合計額である金一一六三万九四一〇円から四の既払額七八四万一八三九円を控除し、これに二9の弁護士費用を加えた金四一九万七五七一円の損害賠償金及び内金一八二万七〇〇〇円に対する不法行為の日である昭和五九年一二月二七日から、内金二三七万〇五七一円に対する不法行為の日ののちである昭和六〇年八月二二日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下滿)

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